K.Yairi YW-500P(1980年)~その3

書くつもりは、全くなかった続き(笑)
ここからは、どうでも良いことなんですよね。
しらみづぶしに調べた自分が納得していれば、それでいいんです。
たから事実とは違うでしょうし。
なのでスルーしてください。

実は、YW-500も1972年の発売当時は、ハカランダ合板でした。
たった1年間、少数作られています。
YW-600は1972~1973年の2年間だけハカランダ合板です。
見分け方は、ボディ内のラベルの違い。
ハカランダ合板のはヤイリのロゴが金文字です。
バックの合わせが寄せ木だったらハカランダ合板。
シェルインレイだとコーラルローズ合板。
そして1974年にハカランダ合板のYW-800が発売されます。

と、ここまで書いて思い出す。
そういえば大昔、しばらくYW-800を「借りて」弾いてたことがあったぞ!と
それは私がSE時代。
社内で大変セキュリティの高い部屋がございましてね、、、
温度も湿度も快適に保たれていて、防音もそこそこも良く。
そんな場所に例のオーナーのギターを数台隠しておりました(爆)
掲載した写真もそこで撮ったわけで、、、、
弾くものそこだったりして、、、、

気に入らんから売れ!とYW-800持ってきた時は、あ、なるほどねって感じ。
ハカランダ!おぉ!っていう眺めだったけど、音は、むむ?ナニコレハカランダ?

YWシリーズは1972年に売りだされました。
合板を供給していたのは、おそらく愛知木材?
ハカランダ合板の製板技術が今ほど良くなかったんじゃないか?と思われます。

でまぁ、そんな場所に置いておくとけっとう鳴りが良くなるんですよ。
発送前にちらっと弾いたら、カラッとしててけっこうな音になってました。
でもまたシャバの空気に戻れば、、ねぇ、、(謎)

ちなみに私の500Pのポジションマークがドットからスノーに変更されたのは1979年。
そんなこと、もう本当にどうでもいい話題です。


今日は5月5日端午の節句
今年のGWは、みなさまどのように過ごしましたか?


 

| | コメント (0)

K.Yairi YW-500P(1980年)~その2

という記事が書けそうな気がしていたわけです(笑)
それは、つい先日のこと。

マンボウが出て、楽しみにしていた春のお祭りが急遽中止になりました。
そこで開催されるはずのライブも、おじゃ~ん( ノД`)
主催していたマスターが「ムカ!」
その日のうちに代替イベントを企画(早っつ!)
某29日は、SobaCafe3〇1へといそいそと。

「えにし」集まる(って二人ですが笑)
打ち合わせ通り?ヤイリが2本並んだ。
ちょっと離席して戻ったら相方が記念写真を撮ってるじゃん!

20210501_1 

右は、相方のYW600(1975年)
左は、私のYW500P(1980年)

2人とも御茶ノ水の下倉で買ったという偶然、それも何かの縁だろか?

相方のYW600は、高校の時に購入したもの。
ワンオーナーで45年間、弾きこまれたギター。
超々々々しっっぶいぞ。
「18歳の頃は煌びやかで良かったんだけど~おとなになってから使うのは、ちょっと恥ずかしくて~」
という後半のMC。
あ~~よ~く、わ、か、る、それ!
はたから見ると歴史があっていい感じだけど、自分にとってはフルチン状態だもんね(爆)

ちょっと弾かせていただく
あぁいいな~
ギターは持ち主に似るのだ
深いわ~この音(嬉)
丁寧に、とても綺麗に保たれている
私に爪の垢ください、、、、

方やYW500Pは、40年間土蔵に住んでいたギター。
冬眠から目覚めたばかりなので、音が若い若い、、、、

20210501_2 


お~2ピース&3ピース
確か800からハカランダになるんだっけ?
かな?だよね?

あれ?600ってペグがクロムメッキじゃん?
あ~そうなの?

1000だとここまでインレイが入るんだよね
おぉ!そうなんだ!

ここカタログとちょっと違わない?
ん?お~?


それは、本人同士しかわからない楽しい会話、、、、


そして今日、相方が爆弾を送りつけてきた。

20210501_3
20210501_4

「ね?600もハカランダ時代があったんですよ。」って!
ね?って?ね~じゃね~よ!

20210501_5

で、500と500P
この仕様、
まさにこれのようですね。

と、、、

ちょい待ち!
重箱のスミをつつく
わたしのはポジションマークがドットではないぞ!
(んなことどーでもいいじゃん)

どうやら1973~4年頃のカタログらしい
よく持っていたよね。
尊敬します。

もう~久々に火がついてしまい、、
調べまくる日曜の昼下がり。

600が、図らずもハカランダ(爆)
ググっても出てこないし、、
茶水にでも行くか~
って、今はそれどころじゃない、、

1971年発売のYWシリーズ
600は
コーラルローズ(ニューハカランダ)

バリサンダー

コーラルローズ
と仕様が変わるらしい。
どうやら800も似た仕様みたいね。

が、初期の頃はハカランダが使われていたという記述も見つかった。
芸術的なハカランダらしい木目だけど、じゃっかん色が薄いような気がしないでもない。
ラミネートとはいえハカランダであれば、素晴らしい。
ヤイリのラミネートは、そんじょそこいらの合板とはワケが違うんだお。

なんだかエライもん見ちゃったな、、、、

最後に目の保養として

20210501_6jpg

ばくさん、ありがとうございます。
m(__)m

百聞は一見に如かず

 

| | コメント (0)

K.Yairi YW-500P(1980年)

兄き、もってって弾いてくれよ。

かな~り前から、弟に言われてました。
しかし、我が家には腐るほどギターが、、、、
あ?いや?腐ってるのもある(笑)

3月中頃から4月初めまで、介護休暇で実家に帰省。
年度末&年度初めでクソ忙しい時期なのに、超無責任な嘱託社員なワ・タ・シ
♫ア ホレ スイスイ スーダララッタスラスラ スイス~イ
オフクロは、歌が好きなのでマルハのドレッドノートを1本車に積んだ。
それは、取り替えて来ようという悪巧みも含む。
(^^;)

土蔵から出してきて、久しぶりにご対面。
帰った時には、蔵から出して、面倒を見て?いた(謎)ので、それほど状態は悪くない。
(と思っていた)
が、40年以上月日が経ったギターなので、ソコソコ目につくところはあった。
ピックガードは、剥がれかかっているし、僅かだがフレットも浮いている気もする。
永久保証という素晴らしい「紙」もケースに残っている。
さぁ!?!?!?

発端は、ウチの娘が弾いているヤイリをメンテに出した時のこと。
素晴らしい仕上がりで返ってきた。
そして信じられないほど料金が安い。
永久保証さまさまだ。

電話1本入れる。
先週の日曜日に発送。
そして金曜日に届いた。
それ、、、早すぎないか?

Img_00981
剥がれてたピックガードが綺麗に張り替えられている。
銀のロゴだったが、金になっている。
コレは、何か意味があるのだろうか?

 

Img_01001
浮いていたフレットは、きっちり元の場所に収まり、摺り合わせ、指板とともに美しく磨かれている。
じっと見ていると、何故か泣けてくる。

Img_00971
「弦高がコンマ2ミリ高かったので、調整しておきました」と
それは、頼んでいない。
私には、気が付かない、いや、わからなかったからだ。
しかし、それはヤイリのポリシーであり、こだわりであり、技術の高さでもあるのだと、深く心に刺さった。
画像では、よくわからないがサドルの表面は、以前と全く違う。


そして納品書を見てぶっ飛ぶ!
ピックガード張り替え1500円
メンテ2000円
ボランティアかよ?!?!?!
往復の送料を加えても、ショップの半額以下だ。

しかも修理してくれたのは、松尾さん。
ポール・マッカトニーのギターを手がけた人。
ほぼ人間国宝、、、神の仕事


調弦して弾く。
スイッチが入ったように娘が反応した。
「え???それヤイリ??」

繊細でガラスように透明感のある音。
調弦したては、とても硬いが、時間が経つにつれ、ふくよかで厚みのある低音になる。
残響がとても心地よい。

40年前は、5万円だった。
この材と作りだと、今作ったら20を楽に超えるだろう。
中古という名前がつくと、価格だけで判断するのは日本人だけだ。

細かいことは言いたくない。
掲載した画像で解ると思う。

もう自分でギターをいじるのはやめよう。
私の最後にギターにしたい。

そりゃ~無理だろうと思う方は、コメント下さい(爆)

 

| | コメント (0)

掟破り

16年前、ブログを始めた頃は、ネット世界がとんでもなくヒドイ世界でした。
盗用、悪用、乱用、改ざん、なんてあたりまえ。
誹謗中傷、罵詈雑言、迷惑メールなどなど。
自分がどこの誰なのか?本名や自画像?などを晒してしまうと、祭りになり、生活を無くしてしまう人までいました。

今は、どう?
180度、変わりましたね。
自らをきちんと名のっていたほうが、不信感?不謹慎感?が無い時代になった今日このごろ。

SNSを始めてから、ブログへの投稿が減りました。
スマホからササッとできて簡単だし。
そこは仲間内。
お互いにちゃんと理解している人たちの「輪」の中では、無礼が許される安心感があります。
だからといって、「その」ぬるい湯?に浸って?いるのもどうか?という疑問?もあり、、、、

今、というか、去年の春くらいから?
例のコロナ君のおかげで(笑)私のようなド素人が我が物顔で音楽的な活動をすると白羽の矢が飛んでくるようになりました。

ライブハウス
カラオケ屋
飲み屋?多目的飲食店?
そこは、白羽の矢が刺さった場所です。

仲間が集まる大好きな場所へ、簡単に足を運べなくなってしまいました。
それは、正解が無い「なぞなぞ」

新しいことが始まりました。
それは「ライブ」の配信です。

でも「放送」には、絶対かなわないし、負けます。
時間をかけて、金をかけて、良いところ、美味しいところ、だけを魅せてくる。
それを作れるから、面白い。

配信は、つまらないところまで、くだらないところまで見せてしまう。
見ていて、ダルいし。

素人がそれをやっていいの?
甚だ疑問ですが。

ライブは、そこに「生」きている「音」がある。
同じ場所にいて、肌で感じる醍醐味があるから、時間をかけてやってきて、金を払う価値があるのだと思います。


悶々としながらも、「その」配信ををやってしまうオヤジのアサハカさ(爆笑)
まぁ、商業的な活動ではないので、許される(のかな?)

アクセルとブレーキを一緒に踏む。
それは、「えにし」の相方に教わりました。

でも、まだ配信には、なんとなく前向きにはなれません。

何も無いところから、何かを始めるのは、とても難しいです。

20210220 


| | コメント (2)

コロナ禍にて

書いておかねばなるまい、、、

18年前に患った病が軽く再発した。

11月末頃から、何となくおかしい。
血圧がやたら高い。
12月には160を越えた。
これも鬱のせいなのだろうか?
8日には動けなくなった。
頭の中が灰色だ。
あの時の感覚と一緒、一滴も吞んでいないのに毎日が悪い二日酔いのよう。
それから4日ほど布団の中にいた。
コロナ禍で、心療内科は一ケ月二ヶ月先まで予約で埋まっている。

先ずは血圧か?
家族に内科を勧められる。
電話してもどこも予約待ち。
3件目でやっと当日診療にまにあった。
19人待ちだが受けてくれた。
密を避けるために、待合室で待つことができない。
2時間経ったらもう一度来てくれとのこと。

名医だった。
再発のことまで、アドバイスをくれた。
コロナ禍で生活環境が変わり、そこで定年、賃金が下がり、処遇も変わった。
諸々が変わったのだが、それほど業務量は変わらず、体への負担になっていた。
気がつかないうちに諸々の不安が溜まったのだ。

血圧が原因で鬱になることは無い。
しかし高すぎる血圧の治療から始めるのも、あながち間違いではない。
血管拡張剤をいただいた。

今日の昼
124~88
数日ぶりに落ち着く。

ブログに書き残す気になった。

 

 

 

 

 

| | コメント (2)

«竹ギター日記15