便利
便利になった。このブログを書いているのは、電車の中。何でもできる世の中になった。私のブログに訪れてくれた最初の方は、愛すべき優しいお父さん「ふみちゃん」だ。この場をかりて感謝するとともに、すでに過ぎてしまった誕生日を祝おう。Happy Birthday!!!!
ブログという意味は日記。昔であれば日記なんぞ誰にも見せずに、そっと机の中にしたためたものだが、最近は世界中誰でも見ることができる。なにも、わざわざそんなことすることではなかろう、、、、と思うのは、やはり年をとったから? ある小学生は、ブログで架空の自分を作り、事実無根の日記を書いているという記事を見つけ、なんだか納得した。メディアは自由である。作家も犯罪者にも成りうる。コミュニケーションの手段としては最適だし、自らの思想や精神も訴えることができる。使い方が間違うととんでもない事になるが、若ければ若いほどそこへの接し方の方法が必要になる。しかしおとなが考えるほど心配はないようだ。制限することと自由にすることは、わけが違う。私が子どものころより世の中は安全だと思う。だが昔では考えられないような事件が起きる。それに対する危険性は子どもの方がはるかに敏感であるようでならない。無軌道で無秩序な子どもの本質を理解し、正しい助言をするおとなは少ない。最近そんな「おとな」になりたくて仕方がない。
私がブログを立ち上げた理由は、自分が生きていた軌跡を記すのと、自身の思考や精神性を残すことで未来のおとなに向けて、その先どうすれば良いかの地図を渡すためである、と。
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コメント
英語の歌詞の好きでないog3から英語で誕生日を祝福してもらったことは以外であり嬉しい限りです。電車の車内でパソコンに向かって打ち込んでいるサラリーマンを見かけるとき「あの人はいったい何をしているのだろうか?」と思うことがある。og3の記事を見て「あ~こんな事をしている人も居るのだ」と感じた。最近の、いやこれからのITの進歩は私の想像を超える勢いで進化していくのだろうと感じる。娘が成人する頃はSFの世界がそこにあるのだろうかと時々思うこともある。こうして自分がパソコンに向かってキーボードを打ち込んでいる事自体、若きサラリーマン時代には想像だにしなかった。当時は(25年前位)私はタイプライターを使って英文の書類を作っていた。今はワープロなるものがあり、日本語だろうが英語だろうが世界中の言葉で書類を作ることが可能だ。日記にしてもこの様にデジタル化され更にインターネットで世界中に配信できる。ただ、機械は100%完璧完全なものではないと思っているので、基本的にはアナログや書き物を捨てることは出来ない私である。
会社のコンピューターが先日不調になった。HDには大切なデータが沢山入っているので一時は青くなり、バックアップを取る事にした。便利さの代償であるリスク(危機)は当然である。インターネット上では法律など存在しない世界のような気がする。しかし、若い人には若い人達のルールがありその中でわずかでもリスクを負いながら個人が存在しているのだろう。
しかし、og3の言うとおり「古い」と言われる物の中には現在を超越する物もある。それは過去の経験であると思う。この素晴らしい経験を持つ私たち大人が良き羅針盤となって新しいルール(進路)を大きな範囲で修正してあげる事が、未来の大人へのプレゼントではないだろうか。それが、生きてきた一つの「証」だと思う。私もそんな意味でog3に同感である。
ブログは立ち上げないと言いながら、og3のブログを借り自分がコメントするのではなく「ブログ」を書いているような気がしてならない。(og3長々と書いてごめんなさい)
投稿: ふみちゃん | 2006年3月 1日 (水) 午前 06時05分