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2007年8月

いくぞ!

すごい週末だった。

24日
愛知から中村さんが我が家に来てくれた。
年齢を感じさせない、エネルギッシュな方だということは以前も書いたが、今回はそれ以上だった。
軽乗用車に乗って、プラッと近所から遊びに来たという気軽な再会でした。
とても愛知から来たとは思えない。
朝9時に出たそうだが、自宅近所の駅前で会ったのは夜の7時。
市川で墓参りをして、あちこち散策されてから来たそうだ。
いきなり駅前のホテルに飛び込んで、チェックイン。
これが中村さん流だ。

我家に来ていただく。
話は尽きない、終わらない。
お互いのギター論、音楽観、芸術性、生き様、家族愛、現在、過去、未来、、、、、、、
6時間あまり、延々途切れることなく話した。
ブログでは、書ききれない。
貴重な時間を過ごした。
久しぶりに、深いところから自分をさらけ出して話をしたような気がする。
しかし、何故かこんなディープな話の中に家内が入っていて違和感が無かったのも不思議だ。

というより、中村さんと家内が話をしている時間の流れかたは、また違った世界だったような気がする。

それは、中村さんという人は、美術にも精通していたのだ。

国文学科からデザイナー系の学校を経て、漫画家になりたくて、なれたようで、なれなくて(まだ諦めていないというが)私と所帯を持ったという家内の過去がそうさせたのだろう。

まぁいい、それもそれ、これもこれ。

久しぶりに我が子に迷惑をかけた。
午前3時まで付き合ってくれたのは何故か娘だったりして、、、、、

ともかく、何かが見えた。
それが、今はなんだかわからないが、何処に向かって行けば良いかという方向は判った。

古い言葉を借りれば、それは「一筋の光明」だと思う。

それが、やがて道になってゆくことを自分で作ればよい。

25日
朝9時
電話で起きる。
あ~そうだった、子キャンの事後交流会だ。
電話の主は、ゲン。
昨年夏のミュージカルの共演者というか、主役というか、そんな子だ。
写真を200枚貼った模造紙を持ってくるから、、、、、、なんだかんだ、、、、、
駅で出迎えようと改札口へ。
その前に、中村さんにお土産を渡す。
あっ来た、ゲンを中村さんへ紹介する。
ここで中村さんと別れ、ゲンと車で事後交流会の会場へ。

あっ忘れてた、家内を仕事場へ送らねば。
取って返して、自宅へ。

10時
家内と娘を乗せ、仕事場へ、そしてまた会場へ。
こどもたちと再会。
みんな大好きだよ。

12時
終わると、中学生と反省会を兼ねた打ち上げだそうで。
焼肉食べ放題へGo!
いやぁ、ちょっと、高校生とはやりましたから、、、、、
すみません、今日は二日酔いなんで、、、、、、、、、
辞退す。

15時
しかし、その夜はふるさと祭りでソーランを踊るこどもたちがいる。
よせばいいのに、いそいそ出かけ。
ビールを飲みながら見物。
手のひらが腫れるほど拍手!
みんな最高だよ。
小学生から中学生になった連中は、それなりになっていた。
大丈夫、og3はちゃんと見てるから。

帰宅~時刻不明~就寝

26日
7時起床
よくわからないまま時間が過ぎるが、、、、
9時
娘が所属するダンスチームが隣町の祭りのダンスコンテストに出るので、自主練習のため集会室の鍵を開けに行き、こどもたちと戯れる。

同日10時
舞夢バレエスタジオへ打ち合わせに行く。
5年ほど前から、SKSのミュージカルがきっかけで係わっている。
今年は大きな会場で発表会があるので面白そうだ。
私は、曲の編集やら編曲などやっている。
踊り手の体のサイズにあわせて、曲の速度を変えてゆく作業は、まるで指揮者になったような気分だ。
ここの青柳先生はハンパじゃない、日体大の舞踊学部を出て、ヨーロッパ諸国へ留学してきたツワモノだ。
踊りと曲を合わせるのに相当の時間をかける。
阿吽の呼吸がわかるまで、ずいぶん時間がかかったが、これを理解できたことは私の自慢の一つだ。

午後
祭りに行く。
隣町の祭りはいつ来てもでかいなぁ。
昨年このダンスコンテストで娘の先生が準優勝している。
いささか今年は出場しないんだね。
このセンセは昔ディズニーランドで踊ってた人。
この方もSKSもミュージカルで知り合ったお母さん。
この方は野望も希望も理想も現実も包み隠さずぶつけてくれる。
だから、娘をまかせられたんだろな~

娘のチームは、熱演賞。
めでたし、めでたし。

気持ちいい~、、と飲んでしまったが。

「はだしのゲン」を観に行かねば。

こどもたちは、メイクも衣装もそのままで、電車 DE GO!

17時
観劇

はたして「はだしのゲン」が観ている人にその全てが伝わったかなぁ?

戦争と言う歴史的背景のなか、その残虐性、人種差別、家族愛、そして命の尊さというメッセージを謳われると、おとなですらその重さにつぶされそうになりました。
戦後世代の私たちが、理解できることを超えた公演だったと思います。
本来、おとなとしてそれをこどもたちへ伝える義務があるは
ずなのに、やっていなかった自分を恥ずかしく思いました。

舞台は魔力
です。

終演後の和やかなロビーとのギャップが大きすぎ、そっと帰宅ましました。
ごめんなさい。

またSKSのこどもたちと舞台に立てることができますように。

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腰痛だ

腰痛だ。
何とかしなければ、いかん。

4日間のキャンプでずいぶん腰を酷使したらしい。
背中にリュックしょってる時間よりも、こどもがのっかっている時間のほうが多かったもんなぁ。
背中や肩車だったらまだ楽なんだわ。
前から飛びつかれて、だっこ~~というのが一番こたえる。
やっぱり、最大積載量は40kgから35kgに減らさないと来年は、体がもたんぞ。

そんでもって昨日は、いきなり現場のサーバー解体作業という、駄目押しをくらった。
古いサーバーは重くていかん。
なんだよあれ?1台5Uくらいあるんだろ?最近のは1Uだぞ。
だいだい、取っ手がついてて2人で運ぶようになっているというのはどういうわけだ?
40kg以上あるよ、絶対。
しかも空調が無い部屋でさぁ、、、、
何台あったんだっけな?36Uラックサーバ2台分だから、、、えぇぇい忘れよう!

と文句を言っても、太ってしまった我が身がその原因なのは間違いない。
キャンプに行ってこどもと遊んで、サーバーばらして汗かいて、、、、、
今日風呂上りに体重量ったら81.5kgってどういうこと?
増えてるじゃん!!

ダイエットだ。
これからダイエットするぞ!

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子キャン帰りの夜

新しく買ったデジカメをもって行った。
最近安いので調子に乗って買ったSDカードメモリは2Gb。
800枚近く撮れる。
3泊4日は余裕だろう思っていた。
確かに余裕だったが、見るのも、整理するのも、大変な作業だということを全く考えていなかった。

しかも私のカメラのカメラマンは、私だけでない。
手に手にこどもたちへ渡ってゆくので、それぞれのこどもの感性が記録されることになっている。(いつからそうなったかは、不明だが、、、)

当然のことだが、カメラを向けている人物が、中年親父と純真無垢なこどもとでは、アングルも違うし、写される相手の警戒心も無くなり、表情も全然違ってくる。

いろいろブログに残したい事は山ほどある。

しかし、この年になると、記憶に自信が無くなり、写した写真など見ながら、あれやこれやと思い出さねばならない。

記録したものが多すぎて、本日中には無理だということに気づいた。

だから、寝ることにする。

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子キャン〜続き

バスは千葉県に入った。
カラオケをやっていたが、う〜ん。
寝てるこどもが多いなぁ。
帰ってからもうひと騒ぎ出来る雰囲気ですね。
すざまじい回復力ですからね。
浦安あたりでしょうか?

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子キャン~帰路途中

今年のキャンプ場は、auは圏外。
昨年同様、子キャンの生中継ブログを期待された父兄には残念な思いをさせてしまったかもしれない。
しかし、文明が届かない場所だと時間が豊かに流れる。

帰りのバスで144通のメールを受信した。
このメールを読む時間を自然が奪うことで、こどもたちと山で過ごす時間を豊かにし、互いの気持ちを深く知り合うことを可能にしたような気がする。

こどもたちが企画、運営する中におとながどういった形で参加するか、立場、役目等々、自分の立ち回りをする中で「私はおとな」を考える余裕があった。

というのも、毎年私がやっていたことをどんどんこどもたちができるようになってゆくことで、時間にゆとりができた。
薪割り、竈の火、鉈の管理等々。

自分の視点が高くなるのでいろいろと見ることができたのは収穫だ。

私が考える以上に、こどもが育ってゆく速度が速く感じられる。

丸々3泊4日、肉親以外のこどもたちと過ごす時間を持てるということは、おとなとしてとっても幸せだと思う。

ほんの僅かだが、家族同様、場合によってはそれ以上の関係をもてる瞬間がある。
これが醍醐味だ。

毎年のことだが、私は夜更かしを怒らない。
小学生が全員寝るまで、コミュニケーションを続ける。
中学生も、高校生もいる。

おとなだからといって、あちこちに作られたこどもの小さなコミュニティに踏み込んでゆくのは好きでない。
遠巻きに見張っているわけだが、いつしか膝の上や、背中にこどもがいたりする。
何がそうさせるか?の答えは、「それがキャンプだから」という簡単な答えだった。

私は「先生」ではないので、全員と話ができない。

しかし、半分くらいのこどもからは、結構内容濃い話題まですすむ。
こどもと話すときだけは、自分を忘れてしまう。
お互い人間なんだな~と確認しあうような感じだろか?

昨年も書いたが、自然の力は素晴らしい。
緊張を解きほぐす力は、人間の力だけでできる能力をはるかに超えている。

その中で、初参加の4年生の顔がどんどん変わっていったのが印象的だった。

途中から参加をしてくれた青年。
仕事もあるだろう、バイトもあるだろう、既に自分の生活を確立しているであろう。
しかし、集ってくれた。
そこにNPO佐倉こどもステーションの本当のチカラを見た。

各所では、お迎え隊が準備を進めている頃だ。
まだ、帰路途中のバスのなかでは、レクが続いている。

まだ子キャンは終わっていない。

つづく、、、、、、、








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子キャン前日

やれやれ、荷造りがやっと終わった。
明日から3泊4日で山梨へNPO佐倉こどもステーションのキャンプに行く。
昨年同様、娘と参加する。

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この夏はミュージカル無くこどもたちと会う機会が少なくて何となく寂しい思いをしたが、竹ギターをきっかけに、いろいろな人たちの出会いがあり、刺激があり、自分の音楽に対する姿勢や世界や考え方がまた一つ変わったり、大きくなったりと得たものは大きい。
もしも、この秋から始まる(らしい)ミュージカルに関わることができれば、全てをぶつけてみたい。

今年のキャンプは、昨年と異なり、こどもたちの企画から見てきたからその分面白みが多い。
新実行委員に新中学生が11人も加わった。
部活の急がしい合間を縫ってと良くやったねぇ。
これは、若くなきゃできないよ。
エネルギーがあるうちに正しい使い方をおぼえるのにちょうどいい経験かもね。

初参加の4年生が8名もいる。
これは、楽しみだ。
4日も親元から離れて何をしでかすことやら。

父兄はさぞかし心配だろう。
しかし、その心配をよそに、この一番年少のこどもたちの変わりっぷりをつぶさにできるのは、おとなとして非常に貴重な経験なのだ。

そこが面白くて今年も参加するようなもんだ。

昨年もブログに書いたが、やっぱり可愛い子には旅をさせろ、ともう一度ここで言いたい。

きっと、帰ってきたときにも同じ事を書くだろうが、、、、、、、

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子キャンだった!

最近、ひたすら自分の道楽にハマっていたため、og3のブログがつまらないという苦情があった。
もちろんこどもたちからである。

今年も明後日から40人のこどもたちに連れられてキャンプへ行く。
このところ忙しくて「れんじゃ→」にも顔出してなかったし。

やっべ~

今年は、子キャンと帰省が逆だったから実家から「MY鉈」を持ってきたぞ。
しっかり磨いできたから、良く切れるぞー。
3泊4日のサバイバル。

明日は用意をしないと。

まってろよ、みんな。

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忙しくなったなぁ、と思っていたらもう「お盆」
8月に入り、ブログの更新も忘れ、自分は本当は大して忙しくないのに、周りばかりがあわただしい毎日。

少年野球時代から一緒だった友人の実家へ遊び行くという息子。
沖縄だってさ。
まぁ家族同士で付き合いのあるご近所なんで、心配はありませんが。
負けるはずの無い試合で負け、早々に総体から帰ってきたから労をねぎらってあげよう。
野球やってると、盆暮れ正月関係ないほど練習してるし、久しぶりに夏休みを満喫させてやらんと、いいかげんグレル年頃だし、、、、、

聞くとその友人は最近ギターを弾くとのこと。
へぇ!
息子も少なからず興味があるらしい。
へぇ、へぇ!

うちへつれて来い。

中学3年ともなると、もう子ども扱いできないほどでかい。
息子もその友人も170cmを超えている。

リビングにありったけのギターを並べて端から弾かせてみた。
いい音ですね~って、うらやましいほど若いなぁ。
いい経験だと思う。
どんな価値があったか自分のどんな影響を及ぼしたか、後になってわかる時が必ず来ると思う。

しかし息子は親の心配をよそに、、、、まだ帰って来ない。

で、当の私は、娘を連れて実家へ帰省していまして。
新しく墓石を建立して初めての盆なので墓参りもしたいし、親戚も集まるし、だいたい盆に帰るなんてのは久しぶりだし。

いそいそと買い物に出かけたり、用意をしたり。
両親を車に乗せ、隣町まで出かけた帰り、銘木を物色しようと思っていたわけです。
そこは材木町という名前がつくほどの城下町。

何に使うんだ?と親父が聞いてくる。
これこれこういうわけで、昨日見せた竹ギターの、、、、(薀蓄は省略)
と隣からお袋が口をはさむ。
土蔵の中に紫檀があるという。
え?
私が生まれる前に、祖父が「こけし屋」を営む彫刻家からもらったらしいという。
いったい何年前の話だ?
探したところ、土蔵ではなく、小屋にありました。

Ts360218

「かえる」の子の親は「親がえる」なので、早速ブリッジを作ろうと言う話になった。
私の父親というのも、いつも何かしら作っている。
定年してからは、時間が自由になるせいか、いつの間にか道具も揃えていまして、、、

一通りの大工道具から始まって、工作台、電気ガンナ、電気ドリル、電気サンダー、ナンダーカンダー、、、、、、
無いのは電気のこぎり。
おそらくそのうち買うでしょう。

見つけた紫檀の板を見つめてボーっと富士山のイメージを膨らませてましたが、、、、
年寄りは気が短い。
それに何か始めだすと、止まらない。
涼しい土蔵の中で。

Ts360217

作りました。

Ts360216

下書きを書いて、採寸を図るとあれよあれよという間にできてしまいました。
親父は以前、竹細工もやっていたので、いい竹もごろごろ。
ガスバーナーでこんがりあぶった竹をもらいました。これは硬くてサドルにちょうどいい。
炭竹にした孟宗竹まであったけど、これを始めると帰って来れそうにないので、今回はちょいと遠慮。
いずれ何とかしましょう。

で、できました。

P1000384

親戚を交えた大宴会の中、飲みながら、歌いながら、親父と作った紫檀ブリッジをのせた竹ギターを弾いて。

しかし、いったい何のために帰省したのでしょうかねぇ。
墓参りは、娘と二人で行ったきり。

私の先祖もそんな人が多かったんでしょうね。きっと、、、、





夢×挑戦ブログ参加中

http://blog.superdry.jp/join/2007/04/og3_7701.html

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竹ギター(竹造)日記10~キャンドルナイトと朗読の夕べ「100人のともしびの村」

29日(日)キャンドルナイトと朗読の夕べ「100人のともしびの村」のイベントが終わった。
武蔵屋という呉服屋さんの2階にある「天空の間」は30畳ほどの広さ。
14時に行ったものの、新参者は右も左もわからない。
店長さんが舞台を作り始めていました。

舞台もバックの垂れ幕もキャンドルの雛壇も椅子(机か?)も漆黒。
そこに古い家具が一つだけおいてある。

火がともると、そこは別世界。
もうそこに誰もいなくても完結している空間でした。

これはもう、ギターも飾ってその空間の一部にするしかないでしょ。
と、モンキーマインド・ユー・キューブ・バンドのたにふじさんとお互いの楽器を飾る。


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この方が持っていたギターも超珍しいGisonのMarkシリーズの一本。
ギブソン奏者にとって、白黒がはっきり出るギター。
トヨタ自動車が社運をかけ技術の粋を集めて作った2000ccのバイクのようなギターなのです。

そんなわけで、とっかえっこして弾く。
ごめんなさい、すみません、私には全然弾けないギターでした。

でもってリハが始まる。
一番最後に出るから私から。
高そうなコンデンサーマイクが2本。
これを見ただけで、やる気が出ます。
以前、中村さんと電話でお話した時、マイクの立て位置を教わったのを思い出し、口を開けかけたとたん、同じ場所へマイクが出てきました。

これは?偶然か?それとも?
ぞーっとしましたね。

普通のギターと違って、楽器全体が鳴っているから、マイクの立て位置が難しいとATTAさんのコメント。
生音とマイクを通した音が違う、、と何度も何度も微調整していました。
思わず嬉しくてナキソーになるのをこらえ、琴爪でガンガンギターを鳴らしていました。

本来このイベントは「朗読」を主体としたもの。
会う方会う方、お客さんも出演される方も、皆さんが持っている文化の高さを感じます。

朗読をされる方がたは、その人それぞれの「声」、「語り」、そしてその「人」の「空気」が「天空の間」が独特の空間を創ります。
これは朗読ならではの妙です。

例えば、色が見える白黒写真を撮ることができる写真家。
例えば、始めて会ったのはずなのに、自分の子どもの頃を知っている人。

そんな人にお会いした気分にさせていただき、とても新鮮でした。

入り口には同じ佐倉市在住の若手陶芸家、垣野勝司さんが制作した無数のキャンドルシェードが暖かく淡い光を放っていました。

近所でこんな素晴らしいイベントが毎年開かれていたことを全く知らなかった自分自身になんだか腹が立ち、、、、、

携帯電話で家内に電話して私の作務衣を出しておくように頼みました。
しかし、用意してあったのは、真新しい甚平と下駄。
言うのを忘れてましたが天空の間は、座敷です。
とりあえず甚平をもって、いざ武蔵屋へ。

けっこうはまった格好になったようです。
80kg、ウエスト1mというメタボ中年は、坊主頭に甚平を着て、竹ギターを携え舞台へ。
このまま黙っていれば、警察を呼ばれてしまいそうです。

ATTAさんは、竹ギターの音色を100%引き出してくれました。

私は竹ギターを、爪(琴爪、金属製フィンガーピック等)で弾くため、音の立ち上がりが鋭く、非常に緊張感のある響きが会場を包んでしまいます。

しかも奏者は人相の悪いog3なわけですから、聞いているお客さんは、疲れてしまいます。
お喋りで和ませないと、いけませんね。

人間何が役に立つかわかりません。

私は高校時代に落語研究会に1年ほど席を置いていました。
いまだに立川談志師匠のファンです。

演目は8曲。
与作

涙そうそう
木蓮の涙
While My Guitar Gently Weeps
せせらぎ
らせん
竹田の子守唄

もっともっとこの居心地の良い空間に浸っていたい。
しかし、残酷にも時間は刻々と終演を告げました。

この竹ギターとも、ぼちぼちお別れしなければならない時が近づいています。

中村さん、竹ギター、その演奏を間近に聞いていただいた方々、日本の新しい文化として認識して下さった方々、そしてイベントを運営して下さった方々。

心から感謝したい気持ちの数は、きりがありません。

これから、私が何をすべきか。
どんな音楽活動をすべきか。
また、この竹ギターが教えてくれることを心から望みます。


夢×挑戦ブログ参加中

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