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田中一村

田中一村の絵を見に行ってきた。

20100920a

とてつもなく混んでいた。
メディアの力というのは恐ろしい。
しかし、この方の人生を知ることは、とても重要なことだと思う。

ただ、わたしのような素人のブログでこれを語ることは、とでも難しい。
私は「絵」の世界には疎く、知識も薄いのだ。

絵や彫刻は、形で残る。
しっかり、きちんと残る。
画家や彫刻家は、自分自身で自分の表現を完結できるからだ。
一枚の絵についやした何百、何千時間というエネルギーを目の当たりにすると、気が狂いそうだ。
私の持っている器では、とても受けとめられない。
怖かった。

以前、中村さんから頂いた画集で予備知識はあった。
が、違う。
全然違う。
実物は、色濃く鮮やで、繊細かつ重厚に迫ってくる。
見ていて息が止まる。

「描く」ためにおのれの人生を費やした「生き方」は、誰にもまねできないだろう。

打ちひしがれて帰ってきた。

娯楽映画を見て、爽快感にひたって家路に着くような気分ではない。

以前経験した認知療法のカウンセリングを受けた後のような感じに似ている。
今まで誰にも見せたことの無い、自分の心の奥にある一番弱い場所の蓋を開けられたような感じがする。

心のざわつきは、まだ押さえ切れていない。




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コメント

好かったですね

一村が見れて

ゴーギャンのように自分の脳裡にあるものに突き動かされる衝動はどうにも押さえきれる物ではない

そういう人はめったにいないが

こう言う絵を描く

その見本のような人

投稿: クレオバンブー中村 | 2010年9月21日 (火) 午前 05時33分

NHKで放送されたようで大変な混雑になってしまったみたいで・・・
お疲れさまでした。

しかし、鈴木さんはやはり感じ取られたようですね
一村は一人孤独に自己と戦い続けた人でした
画壇を拒絶しながらも求め続け続ける自己矛盾を背負い
奄美の人達とも交わらず
奄美の地は画題としてのロケーションでしか有りませんでした
歴史や人々の暮らしには目を向けていません。

でも亡くなる数ヶ月前に気づいたようです
奄美の人々に助けられて自分は生きてこれた事の素晴らしさに
だから他人には一切見せも売りもしなかった絵を全て売り払い、生活を立て直し
奄美の人と過ごす時間を持つように成ったようです
でもその直後亡くなりました。

もし奄美の人との交わりの時にその後も生きて絵を描いていたなら
その後の作品に全く別の世界が展開されていっただろうと私は思っています。

残された一村の作品は素晴らしくあり、凄まじく苦しいです。
でも最後、作品は描かれて居ませんが、
人との本当の係わりに気づき一村の人生は完結しています。


投稿: ちょきんぎょ | 2010年9月21日 (火) 午後 09時37分

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