キャンプファイヤー
昨日、子キャンから帰って来た子どもたちを迎えに行った、
わずかの間だけど山や川に育てられた子どもたちの目の輝きは、いつもと違う。
あいにく天候に恵まれず、キャンプファイヤーは半分の炎だったという。
そうか、、、、残念だったね。
家に帰って悶々とする。
キャンプファイヤーか。
それは、何?いつからやってるの?
と、調べてみるが起源は不明だとwikiに書いてある。
調べても調べてもその引用ばかりで故人の言い伝えやそれぞれの考えを書いてあるHPやブログに出くわすことはなかった。
私が生まれ育ったのは谷川岳の麓。
多くの登山家がめざした。
そしてそこには、目的を果たせなかった多くの命が宿っている。
昔は道が無く、自動車やヘリコプターも無かったため、そこで命を落とした人を麓まで運ぶことができす、山中でダビ(火葬)にし、お骨を家族のもとに届けたという。
家族や友人たちは、再び山におもむき、故人が好きだった食べ物を供え、ダビと同じように火を焚き、その周りで故人の愛した歌を唄い、供養したという。
ほんの小さな記憶だが、これがキャンプファイヤーの始まりだと聞いている。
今年の夏はいつもと違う。
できなかった残りの半分のキャンプファイヤーの炎は、別の場所で燃えている。
宮城、岩手、福島
3月11日からいなくなってしまった子どもたちは622人。
きっとその子どもたちのそばで燃えている。
子キャンでのキャンプファイヤーの前日には、広島で。
そして今日は長崎で。
子キャンの不参加を決めた本当の理由は、それかも知れない。
しかしその間じゅう、富士山レーダーと天気予報をにらんでいらぬ心配をし、神経をすり減らしていた。
どしゃ降りの雨の情報を得ることよりも、子どもたちといっしょにいて、どしゃ降りの雨に中にいるほうがはるかに楽だ。
来年まで鬼が笑っていたら、また参加しようと思う。
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コメント
久しぶりのお伺いです。
そう言えば「子キャン」の季節でしたね。昨年誘われていましたが、なんだかんだで忘れてました。ま、丁度帰省と重なったので無理だったのですが。
Og3が不参加なんて信じられまヘン。今年もきっと行ってると思いました。
ま、私も同年代の子供が居て、同じ心境です。親離れしない子、子離れしない親。新潟の「親知らず・子知らず」を通るといつも思います。
例年より暑い夏ですね。3月の震災もありどうも不穏な一年になりそうです。
Og3がパソコンの前で天気やらWEBカメラやらで、状況調査している姿が、渡しそっくりなような気がしました。
親父たちよ。がんばろ~。
では
投稿: ふみちゃん | 2011年8月10日 (水) 午後 12時58分
ふみちゃん>>
お久しぶりです。
最近お会いすることも少なくなってしまいましたが、お元気そうで何よりです。
SKSもオヤジーズが増えて、面白くなってきました。
今年は、子キャンに行かなかったので、お父さん会に「オヤジキャンプ」など仕掛けてみようかな?なんて考えてます。
オヤジ同士が印旛沼のほとりのキャンプ場に集まって。飯を炊きながら、呑みながら。夜空の下でお家や仕事場で普段言えないことをとめどなく語り合う時間があってもおかしくないと思うわけです。
オヤジという人種は、案外ロマンチックにできてるんですよね。
投稿: og3 | 2011年8月14日 (日) 午前 11時41分